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転職活動で見つけた「声の仕事」に応募したら(後編)

実体験を小説風に書いたものです。社名、人名は仮名です。

前回のおさらい

>>前編もどうぞ。

夏原きょうこ50歳、無職で転職活動中。
転職サイトで「動画作成会社の社内ナレーター募集」の記事を見て、あこがれ半分、なつかしさ半分、興味半分(計算は合わないけど)で応募。

→オンライン面接→不採用。驚きもなく…。

不採用メールの数時間後、面接を担当していた狩野から「夏原さんの声が素敵なので」とメールが届く。
狩野の提案でボイスサンプルを登録、さらにLINEを通してオーディションに数件応募する。不採用が続く。
ある日、狩野より新人声優のオーディションの話を伝えられる。なぜか狩野は夏原に期待し励ましてくれる。その狩野に感謝しつつ、夏原はラジオドラマのオーディションにいどむ。結果はやはり不採用。しかし狩野は敗者復活の査定を兼ねたオンラインレッスンがあると言ってきた。

では、後編です。

二時間の無料オンラインレッスン、参加者は6名

講師の男性は、名前にも声にも聞き覚えはなかったがプロの声優だという。レッスンの参加者はわたしを含めて6名だった。
レッスンは以下の流れですすんだ。

  1. 講師のレクチャー
  2. ひとりずつ実演&アドバイス
    • 参加者は全員オンラインでつないだまま、ひとりずつ順番に課題原稿を実演
  3. 休憩
  4. 再度ひとりずつ実演
  5. 終了

最初の講師のレクチャーから面白く魅了された。やっぱりしゃべりは上手い。

順番で名前を呼ばれると、自己紹介、事前に配布されていた原稿を読む。講師のアドバイスを聞き、参加者が最後に質問をする。
各参加者は原稿を1回読むだけ。講師はほぼ休みなく喋りつづけている。この内容は有意義だった。ほかの参加者へのアドバイスも勉強になるなぁ。これは有料級だと思いながら、聞き入る。数十年前、アマチュア劇団にいたころの雰囲気と重ねていた。懐かしい。

そして、夏原きょうこさんと名前が呼ばれた。
それなりに考えて演じたつもりだったけれど、つもりだけでできていなかったようだ。かなりきついダメ出しをもらってしまった。6人のなかで一番ダメなんじゃないかと思う。
そしてあっという間に終わった。
残りのふたりが実演し同じようにアドバイスをもらうと休憩だ。

おそらく他の参加者もそうだろうが、カメラを切り、さっきのアドバイスを思いだしながら原稿を練習する。

休憩後の最後の実演では、みな一回目とは違った。それでもやはり上手くはなかった。ひとのことはわかるものだ。そしてそれは自分も同レベルなのだが…。

自分のことはわからないものだ。そのときはほかの人に比べてもかなりうまくできたと思った。

レッスンは終了。高揚した勢いのままに狩野さんに感謝のLINEを送った。どうやら忙しいらしく、その日狩野さんからの返信はなかった。

オンライン査定レッスン終了後

狩野さんからLINEの返信があったのは翌々日だった。オンラインレッスンの講師から評価が届いたという連絡も兼ねていた。
「こんなに夏原さんが頑張ってくださったんですから、次はわたしががんばりますね!」

狩野さんがなにをがんばるのだろう?とは思うけれど、LINEのまっすぐな応援メッセージは嬉しい。落ち着いてレッスンを振り返れば、自分もほかの参加者と同じくらいの素人なのに、それを応援すると言ってくれる狩野さんがありがたくて、むしろ申し訳なく感じるほどだった。

ラジオドラマ監督からの電話

さらに翌日の昼頃、見知らぬ番号からSMSが届いた。文面は

△○ラジオドラマの監督をしている臼井と申します。オーディション、事後レッスンに参加いただきありがとうございます。いくつかお電話で確認したい事項がございます。都合のよい時間をお知らせください。

どうしたものだろう?
名前はオーディション前に「△○ラジオドラマ」をネット検索したときに調べた監督名で合っている。エントリー用紙に電話番号を記入したことを思い出し、都合のよい時間を返した。
本当に電話がきた。臼井監督は自己紹介すると、いきなり、
―夏原さんは狩野さんと以前からのお知合いですか? たとえば学生時代からのつきあいとか…?
は? 狩野さんの会社のナレーター募集を見たのは1月ちょっと前のことだ。そう告げると
―いえね、オーディションの結果がでたあと、狩野さんが菓子折りを持ってわたしのところに来ましてね。夏原さんの落選は納得いかないと、まあ直談判に来たんですよ
は???
―狩野さんに限らず、オーディション結果が不満だからって直談判にくるようなことは初めてで、それで夏原さんと狩野さんが古くからの知り合いなのかと…。いえ、そうですか、特に古い知り合いでもないのにあんなに狩野さんがムキになっていたんですねぇ…
狩野さんがそんなことを?!
感謝し胸が詰まるような感覚と…

ともに…あり得ない言葉にアラームは確かに鳴っていた。

しかし監督の言葉は途切れない。
―ええ、泣きながら夏原さんの落選を悔しがっていましたよ
アラームの音が大きくなる。

―ところでこうして話してみたんですが、夏原さん、いい声をしていますね。
現金なものでアラーム音が小さくなる。褒められて顔が緩んだのが自分でわかる。
―狩野さんが推してくれるわけですし、よし!わたしの監督権限で夏原さんを新人枠に推薦しようと思います。
え???
―ただし、やはり現状ではまだ力量がたりませんので…、本気でこの仕事をやりたいのであれば、収録までにプロのレッスンを受けていただく必要があります。その実費はかかりますが、夏原さんが本気でこの仕事をやりたいというのであれば…。大丈夫ですよ。夏原さんならちゃんとできますので。

レッスン料は¥8万円。学生時代と違って出せない額ではない。それに12回のレッスンの代金としては妥当な価格だと思った。むしろ懸念は、収録までの2か月間に12回という過密スケジュールだ。わたしは前向きな言葉を返した。
―では狩野さんと相談して決めてください
と監督は話を締めくくった。

狩野さんからの電話

ラジオドラマの監督から電話があったことを、LINEで狩野さんに報告した。
相談したいという文面だが、やる気満々であるのはにじんでいたと思う。
このときにはラジオドラマでもらうギャラよりレッスン料のほうが高いだろうと感じていたが、それもかまわないと思っていたのだ。

狩野さんから返事があったのは数時間後、LINEを使ったものではなく、監督と同じ番号への電話だった。
忙しそうに歩きながら話す狩野さんの声は聞き取りずらく事務的で、これまでとは印象が違っていた。

こちらはレッスン料8万円を支払うつもりになって話していたが、狩野さんもこちらの声が聞こえにくいらしく「やっぱり二の足を踏みますよね」と否定的な相槌をかぶせてきた。

「いえ、前向きにやってみたいと思うんですが」とこちらから強く言ってしまっていた。

すると狩野さんは立ち止まったようで、はっきりとした声で確認を始めた。
―監督からはどう聞いていますか?
聞いた話をくりかえす。狩野さんの認識と齟齬はないようだ。
―では、補足することとして…

  • レッスンはこれまでの青山ではなく、近くはあるが表参道のスタジオである
  • 契約を結ぶ必要がある
    • 契約には判子が必要
    • ラジオドラマのギャラを振り込む口座がわかるコピーも必要

―契約する日程を調整して、あらためて連絡しますね。

ということで電話は終わった。

契約…。
ギャラの振り込み先情報…。

契約すると決めたとたんに気持ちが冷める

監督との会話中に鳴りはじめアラーム。直後に声を褒められ、音をひそめていたがここにきてボリュームがあがった。
おかしな方向に進んでいるとわかる。
わかっていながら、それでも前向きに、契約へと進もうとしているのはなぜ?

強制されてはいない。むしろ監督も狩野さんもことさら「夏原さんが本当にやりたいのなら…」と繰り返していた…。

なぜLINEではなく電話?

違和感やアラームを認識しつつも、8万円を支払うつもりになっている。

継続して声優の仕事ができる保証はない。今回の作品に参加したギャラも微々たるものだろう。それでもプロのレッスンを受けることも含めて楽しい夢の経験を買うつもりになっていた。

素人は身銭を切って商品を作るものだ

趣味にお金を出すのは普通だ。
学生時代、夏原はアマチュア劇団で何度か公演を経験していた。そして今も知り合いに自称シャンソン歌手がいる。
そして素人が(趣味で)演劇の公演やライブを行うとき、支払いをするのは客ではなく、演者であることも知っている。

素人の演劇公演のノルマ

ざっくりと解説する。

劇場公演をするとして

  • アマチュアの劇団で劇場を借りる。
  • 音響や照明機材を借りる。
  • 音響、照明スタッフを雇う。
  • 練習場所、スタジオを借りる。
  • 衣装を用意する。


↑上記すべてに支払いが生じる。

合計30万円かかったとする。

劇団員10名だったとしたら、ひとり3万円ずつノルマとしてチケットを買う。
チケット代は¥3000としよう。
友人10人に売れば、劇団員の持ち出しは相殺される。しかしたいていの場合、若手劇団員は知り合いや友人に無料でチケットを配り、公演にきてもらう。

これ以外にも日常のレッスンに講師を招くことがあればその謝礼も劇団員たちが支払う。

素人シャンソン歌手のCD

彼女は60代の自称シャンソン歌手だ。

20年間ボイススクールに通うベテラン生徒である。月謝は月に2万ほど。銀座のちゃんとしたお店で行われる立派なライブも、実体は自主開催の発表会なのだ。銀座のライブにもノルマはお店とバンドへの支払い。そして最低集客数のハードルだ。

彼女はこの趣味に青天井の予算をつぎ込んでいる。それで最も大きなハードルは集客数だ。やはり銀座の店となると格が大事ということだろうか? いくら金を積んでも客がはいらないライブはやらせてもらえない。そこで毎回、レッスン仲間を3名をゲストに招く。それも同じメンバーでは客が集められないので、ジャズを習っている夏原も誘われたことがあった。
プロなら集まるだろうが、素人の歌である。10年に一度なら家族や友人も集まってくれるが、半年に一度なんて続けるべきじゃないのだ。

さらに彼女はCDも…配っていた。ライブハウスのなかにはライブの演奏を録音してくれるサービスのある場所もある。もちろん有料。

つまり彼女はゲストのノルマ分も含めてかなりの大金を支払い、趣味としてライブを開催している。

「夢の声優体験ツアー(レッスン付)」という商品だと思えば…

ここまでのできごとを振り返る。

ボイスサンプルを録音するナレーターのオーディションからはじまり、オンラインの声優レッスンまでとにかく楽しかった。
さらにプロのレッスンも体験してプロと一緒にラジオドラマを作って、記念にそのCDを手にする。悪くないじゃん!
とも、思えたのだが…!

そういえば、監督は今回が20巻だと言っていたけど、それは認識していた巻数よりかなり多い。ネット上で見かけた限り多くても総数で10くらいではなかろうか?と、あらためて検索してみる。

△○ラジオドラマシリーズの初期の作品はyoutubeで聞くこともできる。そしてアカウントは活発にツイートしている。主に「第○巻の制作決定」「収録終了」「CD完成! △日発売!」など報告だ。

しかし10巻以降のCDのジャケットは見当たらない。

よくよく探すが、作品の詳細がわかるのは5巻まで。それから数を飛ばして13巻に参加したと個人ブログの報告があった。ネット検索の技術は高いほうであるにもかかわらず、△○ラジオドラマシリーズについて得られた情報はこれがすべてだった。

「詐欺ではないがうまい商売」

△○ラジオドラマシリーズについて検索していて見つけたもの。
「詐欺ではないし、参加者も満足しているからいいんだけれど、うまい商売だなと思う」

  • ラジオドラマは実際に作られるのだ。
  • メインにプロの声優を起用するのもおそらく本当だ。
  • 8万のレッスンを受けてれば新人枠として、収録に参加することはできるだろう。

そして、出来上がったCDは参加者自身が買い取るのだ。さてここでの懸念はノルマの金額だが…、 レッスン代¥8万に含まれる? それでは安すぎる。主催者は採算がとれない。

この瞬間、わたしの夢の声優体験ツアーが終了した

電話を切って2時間後、狩野さんに断りのLINEを送った。
誤解しようのない断りの言葉を文字で残した。
辞退の理由は…別の仕事が見つかったから。
狩野さんはわたしの辞退を受け入れてくれた。

そもそも職探ししてたんですよ

夏原京子、50歳、シングル、無職。
転職サイトで見つけた仕事に応募して、いつのまにか有料体験ツアーを申し込むところだった。

最初にも書いたように詐欺ではない、と思う。

最悪で検証する。
応募したつもりでいた数回のオーディション。LINE経由で送ったボイスサンプルを狩野さんがエントリーを代行してくれた。採用でなければ連絡はない。
狩野さんはエントリーなどしていなかったのだろう。
しかしわたしはエントリー代金を支払っているわけでもないし、詐欺ではない、と思う。

監督は狩野さんの直談判の件であきらかにやりすぎた。嘘はもう少し控えめに使うべきだ。そして監督と狩野さんがシナリオを共有していたのは間違いないだろう。
それも、犯罪とは言えないだろう。

仮にレッスン代8万円を払い。ラジオドラマに参加して5万円のノルマで買取を要求されたとしても、詐欺とはならないんじゃないかなぁと思う。そこは予防線を張って上手に進めるんだと思う。

転職サイトで応募した時、目指すゴールは社内ナレーターに採用されること、だった

ところで、いつからだろう?
仮々動画制作会社で不採用になったとき?
いや、そもそも仮々動画制作会社は本当に社内ナレーターを募集していたのか?
仮々動画制作会社は実在していると思われた。少なくともホームページはある。

しかし…よく見ると2年前に作られたほとんど中身のない当たり障りのないページサイトだ。実績や活動状況を確認できるものはない。

なんと募集記事がそもそも……!

まとめを兼ねて

参考:indeedの「応募する前に要確認! 詐欺の可能性が…」

今回の事例は詐欺ではない、と思います。

最初から「夢の声優体験ツアー(プロのレッスン付き)」だとわかっても申し込むひとはいるんじゃないかな? 最後のCD買取についてはクレームがでそうだけどね。

とはいえ、就職活動のサイトだからさ!
仕事を探して歩いているつもりが、いつのまにか夢の体験ツアーに連れていかれてしまうことがあるよ。

気をつけようね、というお話。

indeedより、詐欺の可能性がある!危険な求人10の特徴

詳細はさっきも紹介したこちらindeedのページを見てね。

チェック項目だけ紹介しますね。

  1. 突然採用担当者から連絡をもらう
  2. すぐに内定(オファー)がもらえる
  3. 給与が非常に高い
  4. スケジュールが柔軟すぎる
  5. 応募要件や仕事内容が曖昧
  6. 企業から支払いを要求される
  7. すぐに高給が得られると約束する
  8. 連絡の文面がプロ意識に欠けている
  9. 採用担当者や企業の連絡先が不明
  10. 採用前に機密情報を要求される

こうしてみると、
わたしの体験に当てはまるのはだけですかねぇ。

わたし、夏原のように「あわよくば」と思っていると、ふらふらと最初の目的を見失い、しっかり納得した上でわりと大きな金額を支払って満足!という不思議なことになる可能性があります。

注意しましょうね。

夏原は今、フリーでライターのお仕事をしています。
からぽんもフリーでライターのお仕事をしています。

ご覧のようにわたしはちょろいです。

人を見る目がないし、美味しい話にふらふらするし、本来はちゃんと就職すべき人間です…。